パフォーマンスマネジメントとは——評価をやめた米国企業と、目標を保管する日本企業が、同じ場所で間違えている
この記事の要点
- パフォーマンスマネジメントとは、パフォーマンスを出し続けられる仕組みをつくること。その中核にあるのが、目標・対話・評価のサイクル。年に2回のイベントではなく、日々のマネジメントそのもの
- 米国は「評価をやめる」方向に振れて失敗し、日本は「目標を保管する」ままで止まっている。間違え方は逆だが、原因は同じ——期中に線がないこと
- 評価もMBOもOKRも部品にすぎない。核は、共通言語(目標)をつくって「なぜその数字か」を対話し続けること
パフォーマンスマネジメントとは、パフォーマンスを出し続けられる仕組みをつくることです。その中核にあるのが、目標・対話・評価のサイクル。年1〜2回の人事評価イベントとの最大の違いは、期初と期末だけでなく「期中」に重心があることです。目標を立てて終わりにせず、高頻度の対話で進捗と課題をすり合わせ、その記録の延長線上に評価が置かれます。
パフォーマンス・マネジメントと中黒で書かれることも、パフォーマンス管理と訳されることもありますが、指しているものは同じです。英語圏では期初から期末までを通した継続的なプロセスを指す一般的な用語で、日本語では年次評価の話に寄せて紹介された経緯があります。
——というのが教科書的な定義です。ここから先は、教科書に書いていない話をします。なぜ米国企業はこの言葉の名の下に「評価の廃止」まで突っ走って失敗したのか。なぜ日本企業の目標管理は査定の手続きと化したのか。そして、両者が実は同じ場所で間違えているという話です。
僕は数百件の目標データを分析しながら、この分野の第一人者である志水静香さんと、ほぼ毎週この議論をしています。志水さんはギャップジャパンの人事本部長として人事制度の基盤を築き、ランスタッドの取締役を経て、2018年に株式会社Funleashを設立。代表取締役兼CEOとして多くの企業の人事変革を支援している方で、コレドウの顧問でもあります。この記事は、志水さんと重ねてきた議論をもとに、僕(曽良)の現時点の結論としてまとめたものです。
人事評価・MBO・OKRと何が違うのか
まず言葉の整理から。この4つは並列の選択肢ではなく、階層が違います。
| 人事評価 | MBO/OKR | パフォーマンスマネジメント | |
|---|---|---|---|
| 何であるか | 判定のイベント(点) | 目標の立て方の型 | 目標・対話・評価を回す運用の全体(線) |
| 主な関心 | 期末の査定と処遇 | 期初の目標設定 | 期中の対話と循環 |
| 時間軸 | 年1〜2回 | 期初と期末 | 日常・高頻度 |
| 関係 | PMの部品のひとつ | PMの部品のひとつ | 左の2つを部品として含む |
※並列の選択肢ではなく、階層が違う。だから「MBOをやめてパフォーマンスマネジメントを導入する」は厳密には成立しない。
人事評価は「判定のイベント」、MBOとOKRは「目標の立て方の型」。パフォーマンスマネジメントはそれらを部品として含む「回し方の全体」です。だから「MBOをやめてパフォーマンスマネジメントを導入する」という言い方は、厳密にはおかしい。MBOのままでもパフォーマンスマネジメントは実践できるし、逆にどんな型を選んでも、回し方がなければ機能しません。この記事の後半はずっとこの話をします。
歴史——ドラッカーのMBOから、ノーレイティングの波まで
出発点は1954年、ドラッカーが提唱したMBOです。正式名称はManagement by Objectives and Self-Control。目標「と自己統制」によるマネジメント——本人が自分で目標を立て、自分で律することに本質がありました。
これが世界中に広まる過程で、多くの会社で「目標を書かせて期末に照合する査定の道具」に変質します。そして2010年代半ば、米国で反動が起きました。Adobeが年次評価を廃止して高頻度の対話(Check-in)に置き換え、GEは下位10%を切り捨てる相対評価(バイタリティカーブ)をやめ、Microsoftは社員を強制的に順位付けするスタックランキングを廃止。Deloitteは自社の評価作業に年間200万時間が消えていたと公表し、「評点(レーティング)をやめよう」というノーレイティングの波が、パフォーマンスマネジメントという言葉とセットで広まりました。
日本で「パフォーマンスマネジメント=ノーレイティング・高頻度フィードバック」と紹介されることが多いのは、この文脈の輸入だからです。
ノーレイティング派の診断は正しい。処方箋が間違っている
先に言っておくと、僕はノーレイティング派の課題認識にはほぼ全部同意します。
- 年1回の評価は遅すぎる。1年前の話を今さら裁く儀式になっている
- 評点のばらつきの過半は、被評価者の実力ではなく評価者の癖を反映している(Scullenらの研究では評価分散の約6割が評価者側の要因)
- 評点が給与に直結すると、人は達成できそうな低い目標しか掲げなくなる
- 相対評価で社員同士を競わせると、協働が壊れる
全部その通りです。でも、そこから「だから評点をやめよう」に飛ぶのが間違いでした。
CEB(現Gartner)が約1万人・18カ国を対象に行った調査では、評点を廃止した企業でマネージャーの対話の質が14%下がり、従業員のパフォーマンスは平均10%低下しました。評価という締切が消えた時間は対話ではなく別の業務に回り、ハイパフォーマーは「なぜこの給与なのか」を説明されなくなって不満を募らせた。表の評点を消しても、報酬を配る以上マネージャーの頭の中には隠れた序列が残ります。そして隠れた基準は、明文化された基準と違って、本人と対話ができません。実際、ノーレイティングに踏み切った米国企業の少なくない数が、その後静かに評点を復活させています。
体重計が壊れているからといって、ダイエットをやめる話ではなかったんです。(ノーレイティングの定義と、日本企業が導入すべきかの判断はノーレイティングとはに一本にまとめました。)年1回しか測っていないことが問題なのに、測ること自体を捨ててしまった。評価者の癖が問題なのに、癖を揃える努力を捨ててしまった。課題の診断は正しく、処方箋が間違っていた。
では正しい処方箋は何か。その前に、日本側の間違え方を見ます。
日本の目標管理は「ベースが逆」——目標を、管理してしまっている
MBOの正式名称は、Management by Objectives and Self-Control。「目標と自己統制によるマネジメント」です。ところが日本では、後半のSelf-Controlが、きれいに消えました。
僕は「翻訳で抜け落ちた」というより、国民性と合わなかったんだと思っています。欧米では、キャリアをどうするか、将来何をやりたいか、という会話が日常にあります。ジョブが土台にある働き方だから、考えざるを得ない。一方の日本は、年功序列と終身雇用の名残がまだ色濃くて、「あなたは何をやりたいの?」と問われる機会そのものが少ない。夢や目標を語り、それによってモチベートされるという文化が、そもそも薄いんです。自分で目標を立てて、自分を律する——セルフコントロールが機能する土壌がなかった。
その結果、日本の目標管理はどうなったか。「目標を管理する」作業になりました。シートを配って、書かせて、集めて、期末に照合する。目標管理という言葉どおりのことを、律儀にやっている。イベントに参加された方の言葉を借りれば、「目標を書いて、引き出しにしまって、しばらくしたら出してまた書く。それを管理と呼んでいる」。目標は保管されるものになっています。
でも、本来のMBOは逆です。目標を管理するのではなく、目標によって、人が動くようにする。目標で人をマネジメントする、という発想です。ベースの発想が、ひっくり返ってしまっている。ここが、日本の目標管理が査定の手続きと化した根っこだと僕は考えています。(目標を「組織の共通言語」として捉え直す話は目標管理とは、評価のための作業じゃないに、300社に聞いて分かった形骸化の原因はMBOはなぜ形骸化するのかに書きました。)
ここで気づいてほしいことがあります。米国の間違いと日本の間違いは、方向が逆に見えて原因が同じです。米国は点(評価イベント)を憎んで点を消した。日本は点だけを律儀に守っている。どちらも「期中」——点と点のあいだの線が存在しない。パフォーマンスマネジメントとは、突き詰めればこの線を引く技術のことです。
ORの文化と、ANDの文化——「人」の施策は純粋輸入できない
もうひとつ、最近考えている仮説を書かせてください。そもそもなぜ、欧米の施策を輸入すると壊れるのか。
日本は多神教の国です。八百万の神の国だから、正解がひとつだとそもそも思っていない。複数の選択肢があったとき、ANDで選べる。一方の欧米は一神教の世界で、正解は必ずひとつあるという前提で生きています。だから選択肢はORでしか語れないし、「それは正しい行いなのか」を客観の側から問おうとする。
この違いは、組織の形にそのまま出ます。日本の組織は水平が成り立つ。現場がすり合わせで動いて、必要なときだけ垂直に切り替わる。水平と垂直のANDの二面性を保てるのが、日本の組織の元来の強さです。欧米は基本的に垂直しか成り立たない。だから唯一の正解を上から下に落としていく——OKRのカスケードのようなトップダウンの目標展開は、あの文化だから自然に機能するプロセスなんです。
ノーレイティングも同じ構造です。「評点か、対話か」というORの発想から生まれた解決策で、片方を選ぶために片方を捨てた。でもANDの国から見れば、評点も対話も両方持てばいいだけの話です。この記事で言っている「点と線」は、要するにANDの答えです。
成り立ちがここまで違うのに、「人」に関わる施策だけは欧米からそのまま輸入され続けています。会計基準や技術と違って、人の施策は文化の上でしか動きません。輸入するなら翻訳ではなく再設計が要る。MBOからSelf-Controlが消えたのも、OKRがMBO化するのも、ノーレイティングが日本で議論だけ空回りするのも、ぜんぶ同じ現象だと僕は思っています。
パフォーマンスマネジメントとは——マネジメントの仕事は、それ以外にない
マネジメント論では昔から、「成果への関心」と「人への関心」の二軸でマネジメントを語ってきました。ブレイクとムートンのマネジリアル・グリッド、日本発なら三隅二不二のPM理論——目標達成(Performance)と集団維持(Maintenance)、2つの機能です。最近のHR界隈でも、「ピープルマネジメント」という言葉で人に向き合う側が改めて注目されています。
でも僕は、この二軸を並列に置くことに、ずっと違和感があります。人に向き合うのは、何のためか。数字を追いかけるのは、何のためか。どちらも目的をたどっていくと、行き着く先は同じです——組織として、パフォーマンスを出すため。PM理論のPが文字どおりPerformanceであるように、M(人と集団の維持)もまた、Pのための機能なんです。
だから僕の定義はシンプルです。マネジメントの仕事は、パフォーマンスを出すこと以外にない。人に向き合うのもそのための手段だし、数字を見るのもそのための手段。パフォーマンスマネジメントとは、この本業を「目標・対話・評価」という道具立てで回し続ける実践のことです。人材を査定するための仕組み、ではありません。個人のパフォーマンス向上と成長を促し、それを組織全体の成果へつなげていく——それが本来の姿です。
評価は「部品」にすぎない。でも、ただの部品でもない
では、評価とは何か。ノーレイティング派が捨てようとしたものの正体です。
ひとつは、インセンティブです。頑張る動機として、いちばん分かりやすいもの。でも、それだけではありません。評価は双方向の対話でもあります。「何が良くて、何が違ったのか」をすり合わせる場。一方的に点をつけるものではなく、すり合わせて初めて機能する。そして「どんな行動・発言をする人が評価されるのか」を示すことは、組織の文化をつくることでもあります。インセンティブであり、対話であり、文化形成。評価は、この3つの顔を持っています。
顧問の志水静香さんは、これを「らせん」と表現していました。目標設定 → 対話 → 評価 → 報酬を、一度きりのイベントではなく、ずっと回し続ける循環。その循環全体が、文化づくりであり、事業目標の達成につながっていく(この話は大感謝祭のレポートに詳しく書きました)。
つまり、パフォーマンスをマネジメントするうえで、評価は部品のひとつにすぎません。だから、評価制度だけを取り替えても、パフォーマンスは出ない(なぜ評価制度は「作っても回らない」のか)。そして部品を捨てても、パフォーマンスは出ない。CEBの調査が示したのはそういうことです。
もうひとつ、大事なことを。人のモチベーションの源泉は、インセンティブだけではありません。誰かへの貢献に置いている人もいれば、自己実現に置いている人もいる。マズローの欲求段階のように、人によって、いる段階も違う。メンバー一人ひとりの源泉がどこにあるかを見て、誰の何を、どう動かすかを考える。これもまた、マネジメントの仕事です。
「OKRと見せかけたMBO」——流行りの手法も、同じ穴に落ちる
「うちはMBOじゃなくてOKRです」という会社、増えましたよね。でも中身を見せてもらうと、だいたい「OKRと見せかけたMBO」です。
まず、ムーンショットを書かない。OKRの肝は「達成できるか分からない挑戦的な目標」のはずなのに、並んでいるのは届きそうな数字ばかり。そして、査定とくっつけている。挑戦してほしいのに評価に直結させたら、誰も挑戦しません。組織単位まで目標をブレイクダウンしたら、最後は個人が「MBO的に」自分の目標を書く——結局、同じことをしている。
もうひとつ、根深い理由があります。数字そのものに心躍る人が、日本にはあまりいないことです。OKRはKPIがブレイクされていく設計ですが、数字だけでモチベートされるのはどちらかというと欧米的な感覚で、日本では数字に「意味づけ」があって初めて刺さる。だから運用が自然とMBO側に寄っていく。本来は、Oに夢や「Why me(なぜ自分たちがやるのか)」が乗っているのが良いOKRだと思うんですが、それを描ける経営やマネジメントが圧倒的に少ない。結果として、KRとKPIばかりが先行する。
誤解しないでほしいのは、OKRを否定したいわけではない、ということです。MBOかOKRかは、正直どうでもいい。どの箱を選んでも、パフォーマンスマネジメントという本体がなければ、同じ穴に落ちる。それだけの話です。(OKRの「特性」を理解して使う——という一段深い話はOKR、「特性」をわかって使っていますか?に一本にまとめました。)
データで見る——線がある組織と、ない組織の差
ここまでの話は思想に聞こえるかもしれないので、数字をひとつ。
コレドウでは書かれた目標文を6つの観点(目標の明確さ・達成基準・手段の具体性・三者整合性・評価可能性・自己統制可能性)で採点していて、これまで数百件を分析してきました。ある導入企業(172名・688件)で、期中の対話を前提に目標を作り込んでいる利用者と、従来通り期初に書くだけの非利用者を比べたところ、総合点の差は0.38点(5点満点・効果量d=0.83)。最も差がついた観点は「期末に評価者が迷わず判定できるか」でした(分析の詳細は「コレドウの目標は質が高い」を、6項目すべての有意差で確かめた)。
これはつまり、評価の納得感は期末の評価スキルではなく、期初と期中の作り込みでほぼ決まっているということです。ノーレイティング派が期末の評点をいじり、日本企業が期末の照合を律儀にやっているあいだ、勝負は期中についている。
実践——明日から何をするか
じゃあ、何から始めればいいのか。制度改定もツール選定も要りません。順番はこうです。
まず、とにかく対話をすることです。共通言語(目標)をつくって、対話をし続ける。制度をどう変えるかとか、MBOかOKRかとか、本当にどうでもいい。まず対話をしてほしい。
よく「数字が行ってなくて、ヤバいんです……」と悩んでいる人がいます。でも、何がヤバいのか。目標の数字に届いていないからヤバいわけですよね。では、その数字は誰が、どういう理由で置いたのか。結局多くの人が、適当に作られた目標に縛られて、数字だけに追われているんです。
「来期は売上4000万」——じゃあ、なぜ4000万なんですか?
この質問に答えられる経営者やマネージャーが、少なすぎる。「4000万ならシェアが1%取れて、業界内での影響力が変わるから」でもいい。「今年が1000万で、4倍成長を示して大きな調達に行くから」でもいい。何かしら「なぜその数字なのか」があるはずです。そして、ここが擦り合っていないと、同じ4000万でも作り方がまるで変わってしまう。シェアを取りにいく4000万と、調達のために成長率を示す4000万では、打ち手が違うんだから。(この「なぜその数字か」だけを一本に深掘りした話は目標数字の「目的」、答えられますか?に書きました。)
そのうえで、具体的に着手するならこの順番をおすすめします。
- 目標を「期末に評価できる水準」まで具体化する(書き方は目標管理シートの書き方とフォーマット)
- 期中の対話の頻度と目的を決める(1on1で話すことがなくならない人は、何が違うのか)
- 1on1と評価の関係を線引きする(1on1と評価面談の違い)
- 評価は期中の記録の答え合わせにする——サプライズのある評価面談は、期中の対話が死んでいた証明です
数字の「なぜ」を対話する。目標を、管理する対象ではなく、対話の土台になる共通言語にする。そこから先は、目標 → 対話 → 評価のらせんを、回し続けるだけです。
よくある質問
Q. ノーレイティング(評点の廃止)にすべきですか?
A. おすすめしません。評点を消しても報酬を配る以上、マネージャーの頭の中に隠れた序列が残り、隠れた基準は本人と対話できなくなります。問題は評点の有無ではなく、期中に対話があるかどうかです。年1回しか測らないことが問題なのであって、測ること自体は捨てるべきではありません。
Q. MBOとパフォーマンスマネジメントは何が違うのですか?
A. 階層が違います。MBOは目標の立て方の型、パフォーマンスマネジメントは目標・対話・評価を循環として回す全体の運用です。MBOのままでもパフォーマンスマネジメントは実践できます。逆に、型だけOKRに替えても運用がなければ何も変わりません。
Q. 中小企業でも導入できますか?
A. むしろ中小企業のほうが向いています。必要なのは制度改定ではなく「目標の具体化と期中の対話」なので、階層が浅く意思決定が速い組織ほど早く回り始めます。評価制度は今あるもののままで構いません。
Q. 何から始めればいいですか?
A. いま期中なら、直近の1on1で「その目標の数字は、なぜその数字なのか」を話すことからです。期初が近いなら、目標を期末に判定できる水準まで具体化することから。制度やツールの検討はその後で十分です。
まとめ:パフォーマンスマネジメントとは、パフォーマンスを出し続けられる仕組みをつくること
- パフォーマンスマネジメントとは、目標・対話・評価をひとつの循環として回し続ける実践。マネジメントの仕事は、パフォーマンスを出すこと以外にない
- 米国は点を憎んで点を消し、日本は点だけを保管している。どちらも「線」がない
- 評価はインセンティブであり、対話であり、文化形成。ただし、部品のひとつ。取り替えても捨てても、それだけではパフォーマンスは出ない
- MBOかOKRかはどうでもいい。「なぜその数字か」が対話で擦り合っているかが、すべて
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参考・出典
- P.F.ドラッカー "The Practice of Management"(1954)——MBO(Management by Objectives and Self-Control)の原典
- 三隅二不二「PM理論」(1966)——リーダーシップをP(Performance:目標達成機能)とM(Maintenance:集団維持機能)の2機能で捉える日本発の理論
- Robert R. Blake & Jane S. Mouton "The Managerial Grid"(1964)——「成果への関心 × 人への関心」の二軸モデル
- Scullen, S. E., Mount, M. K., & Goff, M. (2000). Understanding the latent structure of job performance ratings. Journal of Applied Psychology——評価のばらつきの約6割が評価者側の要因であることを示した研究
- CEB (2016) "Performance Reviews: Don't Remove the Ratings"——約1万人・18カ国調査。評点廃止企業で対話の質-14%・パフォーマンス-10%
- Buckingham, M. & Goodall, A. (2015) "Reinventing Performance Management", Harvard Business Review——Deloitteが評価作業に年間200万時間を費やしていたことを公表した論文