会社の評価は、あなたの価値ではない——人事評価に不満があるとき、何を考えるか
この記事の要点
- 会社の評価は「その会社の中での」評価でしかなく、あなたの市場価値には一言も言及していない
- 個人の頑張りが反映されにくいのは、多くの場合ウェイト設計の結果。設計意図自体は正しいことが多いが、それが伝わっていないなら運用の失敗
- 不満を伝えて状況が良くなることは、ほとんどない。動くべきかどうかの判断軸は「市場価値との乖離があるか」
「うちの会社、評価が低くて」
「上司がちゃんと見てくれないんです」
こういう相談を受けることがあります。僕は評価運用の設計を仕事にしているので、本来なら「では評価制度を見直しましょう」と言うべき立場です。でも、個人から相談されたときに最初に伝えるのは、そこではありません。
その評価は、あなたの価値を何ひとつ表していません。
今日はこの話をします。制度に不満がある人にとって、たぶんいちばん役に立つ前提だと思うからです。
会社の評価は「その会社の中での」評価でしかない
人事評価が測っているのは、その会社の、その事業の、その時点の基準における相対的な位置です。それ以上のことは何も言っていません。
同じ人が、同じ働き方をしても、会社が変われば評価は変わります。事業モデルが違えば求められる行動が違うし、社員の顔ぶれが違えば相対的な位置も変わる。「この仕事、うちなら給与を倍出すのに」という話が現実に起きるのは、能力が急に上がったからではなく、その能力を高く買う市場がほかにあるからです。
だから、評価が低いことは「あなたの能力が低い」の証明ではないし、逆に評価が高いことも「どこでも通用する」の証明にはなりません。評価と価値は、そもそも別の物差しです。
これは慰めのために言っているのではありません。ここを混同したままだと、次に何をすべきかの判断を間違えるからです。
「個人の頑張りは2割しかない」——設計を知らないと、評価は理不尽に見える
以前、他部署のメンバーからこう言われて愕然としたことがあります。
「僕の評価、全社目標が5割で、部署目標が3割。個人の頑張りが反映されるところが2割しかないんですよね」
つまり、自分がどれだけ成果を出しても、会社と部署が未達なら評価は上がらない構造になっている。本人からすれば理不尽に見えます。
でも、この設計自体は間違っていません。個人が達成しても、チームが達成していない。チームが達成しても、会社が達成していない。この状態では、そもそも給与の原資が捻出できないからです。ウェイトを全社・部署に置くのは、「自分の担当だけやりきれば十分」ではなく、「チームの達成のために何ができるか」「全社のために何をすべきか」を考えてほしい、というメッセージでもあります。経営としては、まっとうな設計です。
問題は設計ではなく、そのメッセージがメンバーに受け止められていないことでした。ウェイトの数字だけが配られて、なぜそうなっているかは伝わっていない。だから理不尽に見える。
そして、他部署の人間である僕に愚痴が届いた時点で、その会社の評価運用は失敗しています。制度が悪いのではなく、伝えて、納得してもらって、組織の文化として強化していくプロセスが抜けている。(この「制度ではなく運用の問題」という話はなぜ評価制度は「作っても回らない」のかに詳しく書きました。)
伝えるとは、こういうこと
自分がマネジメントしていたときの話をします。同じ問題に、明文化で対処したことがあります。
決めたのはシンプルなことでした。自分の目標が達成できたら、他の人の達成を手伝ってほしい。 全社や部署のウェイトが高いというのは、要するにそういう意味だからです。
ただ、これは言葉で言っても動きません。手伝えと言われても、隣の人が何を目指していて、何に困っているのかを知らなければ、手伝いようがないからです。だから運用をセットにしました。毎週、全員が自分の目標と進捗と困っていることを、全員の前で発表する。
形式はKPTでしたが、KはKeepではなく「感謝」のKにしていました。その週に助けてもらった相手に、全員の前で感謝を伝える。助け合ってほしいなら、助けたことがちゃんと見える場所が要ります。
やっていたことは、ウェイト設計の意図を毎週リマインドし続けているのと同じです。「全社目標が5割」という数字を配るだけなら理不尽に見える。でも、隣の人の困りごとを毎週聞いていて、手伝ったら感謝される場があれば、ウェイトの意味は説明されなくても体で分かります。
制度で意図を示し、運用で意図を体感させる。この2つが揃って初めて、評価は納得されます。
だから、評価に不満を持ったときに最初にやるべきことは、抗議ではありません。自分の評価がどういう設計で決まっているのかを知ることです。ウェイトはどうなっているのか、何が評価され、何が評価されない会社なのか。それを知って初めて、理不尽なのか、単に自分が知らなかっただけなのかが分かります。
給与は労働の対価。そして対価は「売価」で決まる
もうひとつ、身も蓋もない話をします。
給与は労働の対価です。そして対価の水準は、能力の絶対量ではなく、その労働が生む価値の売価で決まります。同じスキル、同じ働き方でも、売価が10倍のビジネスに乗っていれば、給与も10倍になりうる。逆もまた然りです。
これは不公平に見えますが、構造としてはそういうものです。あなたの評価が低い理由が、能力ではなくビジネスモデルや市場の希少性にあることは、普通にあります。それは上司を説得しても変わりません。
不満を伝えて、状況が良くなることはほぼない
ここが本題です。「上司に不満を伝えるべきか」とよく聞かれますが、僕の実感ではほとんどの場合こじれます。
理由は単純で、評価はすでに決まった過去の判定だからです。期末に不満を伝えるということは、確定した判定を覆せと言っているのに近い。上司からすれば防御に入るしかなく、対話ではなく交渉になります。しかも多くの場合、上司自身も設計を変える権限を持っていません。
唯一、伝える価値があるのは市場価値との明らかな乖離がある場合です。外部の相場と比べて明確に低い、という事実がある場合に限っては、伝える意味があります。ただしその場合も、関係はこじれる可能性が高い。それでもいい、と思えるかどうかです。
そして、こじれてもいいと思える人には共通点があります。その会社の評価の中だけで生きていない人です。外に相場観を持っていて、いざとなれば動ける。だから交渉ができるし、決裂しても自律できる。逆に、会社の評価が自分の価値のすべてになっている状態で交渉に入ると、失うものが大きすぎて何も言えなくなります。
キャリアの問題として考える——場所を変えるか、希少性を作るか
ここからはキャリアの話になります。評価への不満に対して個人が打てる手は、突き詰めると2つです。買われる場所を変えるか、買われ方を変えるか。
① 高い評価が欲しいなら、高い評価をくれるところで働けばいい
乱暴に聞こえるかもしれませんが、僕は本気でそう思っています。「うちの会社は評価が低い」「上司が見てくれない」と言い続けて何年も過ごすより、どこで、どんな仕事が、いくらで買われているのかにアンテナを立てるほうが、ずっと建設的です。今すぐ転職しろという意味ではありません。相場を知らないまま不満だけを抱えるのが、いちばん消耗するという話です。
② 希少性は、掛け算で作れる
ただ、①は半分の答えでしかありません。もうひとつが、高い評価をもらえる希少性を、自分で作りにいくことです。
藤原和博さんが「100万分の1の人材」という言い方をしています。ひとつの分野で100人に1人(上位1%)になり、それを3つ掛け合わせれば、単純計算で100万人に1人の存在になれる、と。ひとつの分野で日本一を目指すより、掛け算で希少性を作るほうが、はるかに現実的です。
そして掛け算の相手は、意外なほど近くにあります。営業の経験と、業務設計ができること。人事の知識と、データが読めること。現場を知っていて、経営の言葉が話せること。いま評価されていない仕事の中に、掛け算の1本目が既にあることは珍しくありません。
給与が売価で決まるという話は、裏返せば「売価の高い掛け算に自分を置けば、評価も上がる」ということでもあります。場所を変えるのは、その手段のひとつでしかありません。
会社の評価は持ち運べない。でも、やった行動は持ち運べる
この2つに共通する前提が、この記事の主題そのものです。
会社があなたに付けた評点は、その会社を一歩出た瞬間に無効になります。S評価もC評価も、転職した先では一切参照されません。持ち運べないんです。
一方で、その期間にあなたが実際にやったこと——どんな案件をどう組み立てたか、どんな数字に責任を負ったか、部門をまたいで何を調整したか——は、会社が変わっても消えません。評価は会社のものですが、行動は自分のものです。
だから、評価が低い期間を「無駄な時間」だと考える必要はありません。評点が低くても、そこで積んだ行動は掛け算の材料として確実に残っている。逆に、評価だけが高くて中身のない期間のほうが、キャリアとしては危ういとも言えます。
スキルは棚卸しして作るものではなく、仕事の中で貯まっていくものだと僕は考えています(この話はスキルマップは「作る」ものではなく「貯まる」ものに書きました)。評価に不満があるときこそ、評点ではなく、この半年で何が貯まったかを見てください。それがキャリアの持ち物です。
そのうえで、いまの会社に残ることを選ぶなら、やることは変わります。抗議ではなく、期初に握ることです。今期は何を達成すれば評価されるのか、そのウェイトはどうなっているのか、上司と合意しておく。評価の納得感は、期末の面談ではなく、期初と期中でほぼ決まります。期末に不満が出るのは、期初に握っていなかったからです。(目標の握り方は目標管理シートの書き方とフォーマットに書きました。)
会社側へ——辞めてほしくないなら、フェアに払う
ここまで個人向けに書いてきましたが、経営・人事の方が読んでいるなら、伝えたいことは逆側にあります。
社員が「評価が低い」と言い出したとき、それを本人の認識不足として処理する会社は、遅かれ早かれ人を失います。やることは2つです。
ひとつは、フェアに払うこと。辞めてほしくない、必要だと思っているなら、その評価を報酬で示す。給与は労働の対価であり、引き止めの言葉ではありません。
もうひとつは、メッセージを伝えて納得を作ること。冒頭の5:3:2の例でいえば、ウェイトの数字を配るだけでは足りない。なぜ全社目標のウェイトが高いのか、何を期待しているのかを、繰り返し伝えて文化にしていく。それをやらずにいると、あなたの会社の社員は、他社の人間に愚痴っています。
評価への不満は、制度の精緻さでは消えません。期初に何を目指すかを握り、期中に対話を重ね、期末はその答え合わせにする——この運用があって初めて、評価は納得されます。(考え方の全体像はパフォーマンスマネジメントとはに。)
よくある質問
Q. 頑張っても評価に反映されない仕組みなのですが、どうすれば?
A. まずウェイトを確認してください。個人の成果が2割程度しか反映されない設計は珍しくありません。その場合、個人の成果を上げること以上に、チームや全社の達成に何を貢献できるかが評価の対象になっています。設計意図を上司に確認するのは、抗議ではないので角も立ちません。
Q. 評価が低い期間は、キャリアとして無駄になりますか?
A. なりません。会社が付けた評点は転職先では参照されませんが、その期間に実際にやった行動と経験は残ります。評価は会社のものですが、行動は自分のものです。評点ではなく「この半年で何が貯まったか」で振り返ってください。
まとめ
- 会社の評価は「その会社の中での」評価でしかなく、あなたの価値には言及していない
- 個人の頑張りが反映されにくいのはウェイト設計の結果であることが多い。設計意図が伝わっていないなら、それは会社の運用の失敗
- 意図は明文化と週次の運用で体感させる。制度で示し、運用で分からせる
- 給与は労働の対価であり、対価は売価で決まる。能力の話とは限らない
- 不満を伝えて状況が良くなることはほぼない。動くかどうかの判断軸は、市場価値との乖離があるかどうか
- 個人にできるのは、買われる場所を変えるか、買われ方を変えるか。100人に1人を3つ掛け合わせれば、100万人に1人の希少性になる
- 会社の評価は持ち運べないが、その期間にやった行動は持ち運べる。評点ではなく「何が貯まったか」を見る
- 残るなら、期末に抗議するのではなく、期初に握る
評価に振り回されるのをやめる方法は、評価を上げることではなく、評価が何を測っているのかを正確に知ることだと思っています。