特別対談:「目標設定の本質と人事の役割とは?」

グローバル人事の視点で日本企業の課題を語る
インタビュアー:コレドウ株式会社 曽良 竜太
ゲスト:株式会社 We Are The People 代表取締役 安田 雅彦(https://wearethepeople.jp/)
人事制度の見直しやマネジメント改革に注目が集まる今、「目標設定」は再び脚光を浴びている。だが、実際の現場では「期初を過ぎても目標が決まらない」「グレードに合った設定ができない」など、課題が山積みだ。今回の対談では、外資系企業での人事責任者経験を持ち、現在はコンサルタントとして企業変革を支援する株式会社 We Are The People安田氏に、インタビュアーの曽良(かつら)が切り込んだ。グローバル基準と日本企業のリアル、そのギャップと可能性に迫る。
いま、目標設定と評価に何が起きているか

曽良:いろいろな人事系イベントを見てても「目標設定」と「評価」に対する関心がとても高いと感じています。改めて、課題はどこにあると考えていますか。
安田:大きく分けて二つですね。まず一つは、上位目標とのアラインメントが十分に取れていないこと。もう一つは、言語化の難しさです。多くの会社では、経営の掲げる大きな目標と、現場の個人が立てる目標との間に断絶があります。経営陣の方針が現場に十分に落ちず、部や課が独自にKPIをつくってしまう。そうすると個人の目標が組織全体とずれてしまい、結果として「形だけの目標」になってしまうんです。さらに、「言語化が難しい」という問題も大きい。社員は「何をやるべきか」は頭の中でわかっていても、それを目標シートに落とすとなると途端に手が止まる。結果、4月に期が始まったのに、6月になってもまだ目標を書いていないというケースがよくあるんです。
曽良:確かに、評価のときに慌てて目標を思い出すような光景も見かけます。
安田:そうなんです。評価は処遇に直結するからみんな敏感になります。でも目標は「立てなくても目先の仕事は進む」と考えられてしまう。だから優先度が低くなり、後回しにされる。私はここに大きな構造的な問題を感じています。評価は"結果"を扱うもの。目標は"未来"を方向づけるもの。本来は目標こそ真剣に扱うべきなのに、現実には評価の方が重視されている。この逆転こそが、日本企業における目標運用の大きな歪みだと思います。
期初にやるべきは"評価並み"のエネルギーをかけた「目標調整会議」

曽良:安田さんは目標を人事がレビューするべきだとおっしゃっていましたが、人事レビューの場では本来どんなことを確認すべきなのでしょうか。
安田:私は二つあると思っています。まず一つは、職責に見合った難易度かどうか。もう一つは、横のアラインメントが取れているかです。例えば営業部が「来期は120%達成する」と意気込んでも、一方で商品部の目標が「新製品のローンチは6月以降」となっていたら、整合しないですよね。そういう議論は本来、期初にやるべきなんです。そもそも、ある部門の掲げた目標が他部門の目標に全く影響を及ぼさない、なんていうことはないはず。ところが多くの会社では、そうした調整を事前にせずに走り出してしまう。結果、期末に「この目標は現実的ではなかった」と揉める。私は、期初に評価調整会議と同じレベルのエネルギーをかけて"目標調整会議"をやるべきだとずっと言っています。
曽良:なるほど。つまり「評価調整会議」に比肩する重みを持たせるということですね。
安田:そうです。評価調整会議は「結果をどう扱うか」を決める大事な場です。それと同じくらい、「最初の目標をどう定めるか」も重要なんです。そこで上位と下位、縦と横のアラインメントをきちんと合わせておかないと、後になってどんなに立派な評価プロセスを設けても意味がなくなってしまいます。私がよく現場で言うのは、「評価に真剣さを持てるなら、目標にも同じ熱量をかけるべきだ」ということです。
等級定義の粗さと"仕事の難易度が部署にない"問題

曽良:目標の「難易度が適切かどうか」を判断するのは、いつも難しいですよね。どのように見極めるべきなのでしょうか。
安田:よく言われるのは、等級やディスクリプション(職務定義)を基準にするやり方です。ただし、それだけでは粗すぎる。実際の現場では「この人に何を期待するか」を上司が具体的に言葉にできていないことが多いんです。そうなると、目標の難易度が曖昧になってしまう。加えて、現場でよく起きるのは、その部署にそもそも適切な難易度の仕事が存在しないというケースです。本来は部として「チャレンジの機会」を用意するべきなのに、オポチュニティがない。結果として、部下に課す目標がどうしても軽すぎたり、逆に過剰にハードになったりするんです。
曽良:仕事の難易度と、組織の状況がかみ合っていないと。
安田:そうですね。たとえばグローバル企業では「その部署に求められる責任」と「そこにいる人材の能力レベル」はある程度一致していることが前提です。でも日本企業では職能や年功で上がってきた人が多く、等級と現実の力量がずれることがしばしばある。すると、等級に見合う目標を与えようとしても、現場にはその仕事が存在しない、という事態になるわけです。
曽良:結果的に、評価そのものが不公平に映ってしまいそうですね。
安田:その通りです。だから私は「難易度の妥当性を判断できない」という時点で、実は上司のマネジメントに問題があると考えています。上司が一人ひとりに対して明確な期待を持ち、部として用意できるチャレンジを把握していれば、難易度の適否に迷うことはないはずなんです。
日本とグローバルの断層――"マネージャーにあらずは人にあらず"

曽良:日本企業とグローバル企業を比べたとき、一番の違いはどこにあると思いますか。
安田:一言でいえば、マネジメントの位置づけです。グローバル企業では「マネージャーにあらずは人にあらず」と言っていいほど、マネジメントに特別な意味が与えられています。マネージャーになると給与も跳ね上がり、研修・ボーナス・出張クラスまで変わる。逆にマネージャーでなければ、どれだけ成果を出しても待遇は頭打ちになるんです。一方、日本では役職が上がってもマネジメントの責任が曖昧なまま。上に行くほどむしろマネジメント、敢えて言うなら「ピープルマネジメント」から離れてしまう傾向があります。課長や部長が1on1をやらないのに、「課長は部下にやれ」と指示しているようなケースも少なくありません。
曽良:つまり、マネジメントを"権限"としても"責任"としても扱いきれていない。
安田:そうです。グローバルでは、部下が成果を出せなければ「マネージャーは何をしていたのか」と問われます。部下が入社3ヶ月で辞めれば、まずマネージャーの責任です。だからこそ、マネジメントの定義や期待値が極めて明確にされています。さらに大きな違いは、目標の落とし方です。グローバル企業では社長が自ら目標を示し、それがロジックツリーのように事業部、部、課、個人へと降りていく。日本は逆で、経営陣が目標を作らないことさえ珍しくありません。その時点で、下位にいる社員は「上の方針が見えないまま、自分なりに頑張る」しかなくなってしまうんです。
曽良:確かに、上が目標を書かないのに、下にだけ書けというのは矛盾ですよね。
安田:そうなんです。これこそが「断層」です。だから私はいつも「経営陣がまず自分の目標を書くべきだ」と強調しています。「目標は連鎖する」「下位目標は上位目標の構成要素たれ」。これが鉄則なのです。
ファーストラインを強くする――定義・時間配分・権限・評価
曽良:組織を変えていく上で、着手点はどこにあるとお考えですか。
安田:私はまず、ファーストラインマネージャーを強くすることが最優先だと考えています。ファーストラインとは、部下を初めて持つ課長クラスのマネージャーのことです。現場の温度を最も近くで感じ、部下に直接影響を与える存在です。しかし日本企業では、彼らのマネジメントに関する「責任」が曖昧になりがちです。多くの場合、自分の担当業務が60%以上を占め、部下のマネジメントに割けるのはせいぜい40%。これでは「人を育てる」時間が確保できません。
曽良:確かに、プレイングマネージャーが多すぎて、部下の面倒を見る余力がないように見えます。
安田:まさにその通りです。だからこそ、まずはマネジメントの定義を明確化することが必要です。「ピープルマネジメントとは部下の目標達成を支援し、成長を後押しする責任である」と、明文化しなければならない。そして、その役割を果たすために時間配分を決め、権限を与え、評価軸に組み込む。さらに重要なのは、不適合な場合の対応です。ファーストラインの管理職に就いていながら、明らかにマネジメントが機能していない人材をそのまま置いておくのは組織にとってリスクです。本来は降格や処遇変更も含めて対応しなければなりません。
曽良:日本企業ではそこが甘くなりがちですね。
安田:ええ。誰も下げられない、配置換えられない。そうやって「マネジメントができない管理職」が温存され続ける。これが組織全体の士気を下げます。だから私は、「まずファーストラインを強くすることが第一歩だ」と強調しているんです。
トップダウンの実装――経営が"自分の目標"を示す
曽良:そういった変革はどこから始めるべきだと思いますか?
安田:私は100%、トップからだと思っています。経営陣がまず自分自身の目標を書くこと。これがすべてのスタートです。例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、日本支社の社長でさえ、自分の目標をきちんと文書化し、上司との1on1でレビューを受けていました。2,000人を抱えるような巨大組織のトップですらそうしていたのです。一方、日本企業ではどうでしょうか。経営陣が目標を書かず、部下にだけ「目標を書け」と言っているケースが多い。これでは説得力がありません。部下は「上が書かないのに、なぜ自分たちだけ?」と思ってしまう。
曽良:確かに、上の行動を見て部下は動きますからね。
安田:その通りです。目標はロジックツリーのように上から下に流れるもの。社長が自分の目標を示し、それを受けて事業部長が作り、部長が作り、課長が作り、最後にスタッフが作る。この流れがきちんとできて初めて、組織全体のアラインメントが取れるんです。だから私はいつも、「経営陣が自分の目標を書かない企業に未来はない」とまで言っています。
コレドウがもたらす"成長機会"の可視化と変革へのコミット
曽良:最後に、安田さんにとって「コレドウ」とはどんな存在でしょうか。
安田:私にとってコレドウは、新しい人事とマネジメントのあり方をガイドするツールです。特に重要なのは、目標の中に「成長機会」を見つけ出せる点ですね。目標というのは、本来「今期やること」と「将来のキャリア」をつなぐ架け橋であるべきなんです。ですが、現実には「上から降りてきた数字をこなすだけ」になってしまうことが多い。そこに「自分の成長にどうつながるのか」という視点が抜け落ちると、やらされ感が強まり、エンゲージメントは下がってしまいます。
曽良:確かに、目の前の目標が将来の自分とどう関係しているかを意識できる人は少ないかもしれません。
安田:そうなんです。だからこそ、コレドウが提供する「成長機会の可視化」には大きな意味があります。上司と部下が対話するときに、単にKPIを確認するだけでなく、「この経験はあなたのキャリアにどう役立つのか」を議論できるようになる。これは目標設定の質を根本から変えるものだと思っています。さらに強調したいのは、会話が生まれること自体の価値です。コレドウが提案する成長機会が必ず正解である必要はありません。むしろ、それをきっかけに「いや、私のキャリアはこうありたい」と部下が話し出す。その対話の起点をつくることが重要なんです。
曽良:なるほど。ツールが答えを押し付けるのではなく、会話の触媒になるということですね。
安田:まさにそうです。コレドウは「成長性を特定する」という、一番難しい部分をサポートしてくれる。それによって上司と部下の会話が深まり、目標が単なる「やることリスト」ではなく、「未来につながる挑戦」へと変わる。そこに大きな可能性を感じています。
曽良:では最後に、日本企業へのメッセージをお願いします。
安田:あえて人事担当の方に言いたいことは「現場にもっと踏み込んでほしい・モノ申して欲しい」ということです。営業部長が描いた組織図に「これはおかしい、こうした方が業績が上がるのでは?」と言えるような人事であってほしい。そのためにはビジネスを知り、人を知り、プリンシプルを持つ必要があるとおもいます。私もあと20年、「クライアントにモノ申せる人事コンサル」として、本気で取り組んでいきたいですね。